羽田新ルート計画に係る現状の問題点と今後の争点をザットまとめてみた。
羽田新ルートによる3つの悪影響
2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、羽田空港の国際線発着回数を増やすため、都心上空を飛行する羽田新ルート計画。
羽田新ルート周辺の多くの住民が落下物・墜落事故の危険リスクや騒音などの影響を受けることになる。どのくらいの住民が影響を受けるのか、そんな基本的なことさえ多くの住民は知らされていない。
羽田新ルート周辺の住民が受ける主な悪影響は、(1)騒音、(2)落下物・墜落事故リスク、(3)不動産価値の棄損。
最初に、この3つの悪影響につき、具体的なデータとともに説明する。
騒音
国交省が公開している高度別・機種別騒音データをもとに、筆者が独自に試算し、大型機(777-300)の騒音影響を可視化したのが次のグラフ。
飛行高度(地域)によって違いはあるものの、羽田新ルート直下から1km離れたくらいでは騒音の影響からは逃れないことが分かる。
もし、不動産価値への影響を排除したいということであれば、2kmは離れておきたいところだ。
筆者の独自調査によれば、23区のうち羽田新ルート直下から水平距離500m範囲の人口は約109万人。23区の総人口927万人(15年国勢調査)の12%が騒音の影響を受ける可能性が高い。
影響を受ける人口割合が大きいのは渋谷区54%(12万人)と中野区53%(18万人)。次いで、品川区31%(12万人)、港区30%(7万人)、板橋区30%(17万人)、練馬区30%(21万人)。
南風時(年間4割)15~19時のうち3時間、「A滑走路到着ルート(下図の青線)」は1時間当たり14回(4分17秒ごと)、「C滑走路到着ルート(下図の橙線)」は1時間当たり30回(2分ごと)の頻度で上空から騒音が降り注ぐ。
(※破線は悪天時のルート。紫線は北風時の離陸ルート)
落下物・墜落事故リスク
御巣鷹⼭事故(1985年)のような大事故が起きたことは極めてショッキングではあるけれど、その後、日本の定期航空会社による墜落事故は発生していない。飛行機の墜落事故は約30年間で1件。
あなたが新飛行ルートによる落下物事故や墜落事故に巻き込まれる可能性は極めて低い。
一方、約30年以内の発生確率70%の首都直下地震で死亡するのは、23区では最大約1万1千人が想定されている。千人あたり1.2人。
あなたが羽田新ルート下で墜落事故に巻き込まれるよりも、首都直下地震で死亡する可能性のほうがはるかに高いのである。
だから、ここは羽田新ルートによる落下物事故や墜落事故よりも、頻繁かつ広範囲に影響を及ぼす騒音問題に着目したい。
※詳しくは、「「羽田新ルート問題」気になるのは墜落事故よりも騒音」参照。
不動産価値の棄損
羽田新ルートは不動産価値にどの程度の影響を及ぼしているのか?
国交省は従来から「航空機の⾶⾏と不動産価値の変動との間に直接的な因果関係を⾒出すことは難しい」(FAQ冊子v5.1.2、P59)というスタンスを取っている。
そこで、着陸ルートが設定されている11区(港、新宿、品川、目黒、大田、渋谷、中野、豊島、北、板橋、練馬)について、同ルート近くに位置する中古タワーマンション相場への影響を調べてみた。特に中古タワーマンションを調査対象にしたのは、取引が盛んで相場が把握しやすいからだ。
SUUMOに登録されている「20階以上」の中古のタワーマンションのうち、羽田新ルート直下から概ね200m以内に位置する中古タワーマンションは5区で11件。
現状では、羽田新ルートが中古タワマン相場に与える影響は限定的なようだ。飛行高度が低く騒音レベルが高い品川区や港区の中古タワマン相場への影響は顕在化しているように見られるが(次図)、それ以外の区の中古タワマン相場への影響は必ずしも見られない。
今後、羽田新ルートの事故・騒音などの問題が世間の共通認識になっていけば、それまであまり気に留めていなかった「羽田新ルート・リスク」への懸念が広まり、マンション価格に影響を及ぼす可能性は十分考えられる。その最初のタイミングは、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて羽田新ルートの運用が始まり、実際に住民らが巨大な旅客機が頭上を飛ぶ状況を現認し始めたときなのかもしれない。
【現状の問題点】住民の理解は深まっているか
国交省の”丁寧な情報提供”
第1フェーズから第5フェーズの来場者数の実績を可視化したのが次図。来場者数の合計は2万7,900人。
「第5フェーズまでの説明会来場者2.8万人は騒音影響を受ける住民の3%にも満たない」より
2.8万人という人数はあまりにも少ない。なぜならば、23区で騒音の影響を受ける100万人超(筆者調査)に対して3%にも満たないからである。
国交省は、問題共有型の「教室型説明会」ではなく、情報共有化を妨げる「オープンハウス型説明会」での実績作りに精を出している。石井国交大臣が言うところの「丁寧な情報提供」にも「幅広い理解を得ること」からも遠いのが実態。
忖度メディア
17年以降の報道件数の推移をみる限り、全国4紙が羽田新ルートが抱えている落下物・墜落事故の危険リスクや騒音などの問題を世間に広く伝えているとは言い難い。
「羽田」and「新ルート」でヒットした4社の記事件数の推移は次図の通りだ。
朝日は16年8月13日に社説「羽田経路変更 住民への説明をつくせ」を出して以後、羽田新ルート関連記事は4件しか出していない(19年6月13日現在)。うち2件は19年に入って出し始めた横田空域絡みの記事。日経だけが19年に入って増えているが、内容は主に羽田増便枠の半分が米国航空会社に配分されたというビジネスマター。
羽田新ルートは、2020東京オリンピック・パラリンピックに向けて運用が開始される計画である。全国4紙が東京五輪のオフィシャルパートナーなので、羽田新ルート問題を報じることを避けている(忖度している)ということはないのか……。
民意は反映されているのか
国交省が積極的に都民に知らせようとしていないから、多くの住民は「羽田新ルート問題」を認識していない。多くの住民はこの問題を認識していないので、大きな声となってこない。住民から大きな声が上がってこないので政治家は動かないし、マスコミも報じないというのが現状だろう。
民意が反映されるためには、次のプロセスが求められる。
- 情報の定量化・可視化⇒住民理解が深まる⇒行政にフィードバック
下記の選挙を通じて、羽田新ルート見直し気運が拡大することが期待されたが、そうはならなかった。
- 品川区長選挙(18年9月)⇒新宿区長選挙(18年11月)⇒統一地方選挙(19年4月)
最大の理由は、有権者の多くが羽田新ルート問題を現実の問題として認識していないからなのではないのだろうか。
その最大の原因は、国交省が羽田新ルートを積極的に宣伝してこなかったことであり、それを容認してきた自治体といわれても仕方があるまい。たとえば、品川区内で18年12月20日から19年2月6日までに5か所で開催された教室型説明会の延べ参加者は、たったの395人(2月20日都市環境部長答弁)だったのだから。
7月の参議院選挙では羽田新ルートは争点にはなっていない。
【今後の争点】羽田新ルート問題の可視化・共有化
現状の問題点を踏まえ、羽田新ルート問題の可視化・共有化を加速すべく、今後の争点としては以下の事項が考えられる。
被害想定
墜落事故や落下物事故が発生する可能性は極めて低いことは理解できるが、事故が発生した場合には悲惨な状況になることが想像される。新宿や渋谷で落下物事故や墜落事故が発生した場合の被害想定(死傷者数、交通機関への影響など)はどうなるのか?
事故時の補償スキームの妥当性を検証するためにも、被害想定は欠かせないのではないのか。
試験飛行
試験飛行を実施することによって、実際の騒音や機影のインパクトを住民に知ってもらい、羽田新ルート問題を現実のものとして区民に認識してもらうことは極めて重要だ。でも、国交省は「試験飛行の要否については、慎重に判断する」と回答している(羽田新ルート|質問主意書(松原仁議員)その2を読む)。
ただ、試験飛行が実現したとしても、問題の解決からは遠いのではないか。参院選(7月)終了後に試験飛行が実現し、騒音や機影のインパクトを多くの住民が実感できたとしても、もはや羽田新ルート計画にブレーキをかけられる選挙は当面ないからだ。
公聴会
航空法第56条(空港等の特例)と同条の2(利害者配慮、準用規定)を合わせると、航空路としての羽田新ルートの運用に関して、国交大臣には利害関係者への配慮義務と公聴会開催義務があるように読める。この法的解釈が正しいとすれば、公聴会はいつ実施されるのか?
また、公聴会の対象者は、滑走路の延長線15km以内(延長進入表面)が利害関係者で、5区(大田、品川、目黒、港、渋谷)の航路下の住民が対象になるのではないか?
※詳しくは、「羽田新ルート|教室型説明会の次は公聴会!?」参照。
ただ、公聴会が開催されたからといって、そこで出てきた意見が採用されるかどうかは別の話だ。公聴会が単なるガス抜きで終わる可能性はないのか。
あれだけ問題になっている米軍普天間基地の辺野古移設でさえ、沖縄県民の民意が無視されて埋め立て工事が強行されているのだから、羽田新ルートがちょっとやそっとのことで見直しされるようなことにはならないのではないか。
大規模な集団訴訟
もし、公聴会が開催されれば、住民が国交省に直接モノを申す機会ができるのかもしれないが、言いっ放しになる恐れがある。
となると残された手段は、数万人規模の集団訴訟か(資金源はクラウドファンディング)。
このあたりについては、大規模な集団訴訟の実務経験豊富な弁護士に聞いてみたい。
政府はUSTR(米国通商代表部)に抗えるのか
19年2月に入って羽田増便枠の半数が日米路線に決まり、同年5月16日DOT(米国運輸省)によって米航空4社への増便枠の割り当てが仮承認された。
増便目的がアジアからの訪日外国人受け入れではなく、米国航空の利益確保に変わっていないだろうか。
USTR(アメリカ合衆国通商代表部)が毎年発表している「外国貿易障壁報告書」のうち、少なくとも2018年以降、日本政府は米国から羽田増便枠の要求圧力を受けていることが分かっている。
現政権は、USTR(米国通商代表部)が指し示す米国航空会社の商業的利益拡大に抗うことなどできるのだろうか。
詳しくは、下記記事参照。
あわせて読みたい