羽田新ルートが与える不動産市場への影響については、昨年の12月末に記した(羽田新ルート|2020年中古タワマン相場への影響)。昨年末の段階では想定していなかった新型コロナ感染拡大の影響を踏まえ、今回改めて考え方を整理してみた。
金持ちは逃げ足が速い
金持ちは1年以上前に逃げ終えている、影響は限定的
羽田新ルートは不動産市場にどの程度の影響を及ぼしているのか?
南風時に都心を通過して羽田に着陸するルートが設定されている11区(港、新宿、品川、目黒、大田、渋谷、中野、豊島、北、板橋、練馬)について分析したところ、騒音の影響を大きく受ける品川区・港区の中古タワーマンション相場への影響が一部見られるが、それ以外の区では特に顕著な影響が見られなかったことを昨年末、このブログに記した(次図)。
※特に中古タワーマンションを調査対象にしたのは、取引が盛んで相場が把握しやすいため。
「羽田新ルート|2020年中古タワマン相場への影響」掲載グラフを更新
そのような状況が生まれている要因として考えたのが、金持ちは逃げ足が速いこと。お金をたんまり持っている人は、羽田新ルートの騒音可能性があるマンションにわざわざ住み続けることを選択しないというワケだ。金持ちは1年以上前に逃げ終えている(次図)。
「羽田新ルート|金持ちは逃げ足が速い」掲載グラフを更新
逃げない(逃げられない)人たち
逆にマンションを引っ越さずにまだ残っている人は楽観的な人、地元で商売をしている人、学校や地域とのつながりがあって簡単に引っ越しができない人、優柔不断な人、経済的に引っ越しが困難な人などではないか。
20年3月末に羽田新ルートの運用が始まり、実際に巨大な機影が頭上を通過し、大きな騒音が空から降りそそがれる事態を体感することで、マンションに踏みとどまっていた人たちのうちの一定の割合の人が引越しするだろうと予想していた。
実際に、SNSやマンション匿名掲示板などをみていると、賃貸に住んでいる身軽な人は、「騒音がひどいので引越した」的な声がいくつか確認された。
逃げない(逃げられない)人たちがいるとすれば、昨年末の段階では想定していなかったコロナの影響が大きい。次に述べる。
羽田新ルートの影響がコロナで緩和された
新型コロナウイルス感染症の拡大により、羽田新ルートの影響が緩和されたことが考えられる。具体的には「コロナ減便」と「連日のコロナ報道」だ。
コロナ減便
国交省の計画では、A滑走路到着ルートは1時間当たり14回(4分17秒ごと)、C滑走路到着ルートは1時間当たり30回(2分ごと)の頻度で飛ぶことになっていた。ところが、新型コロナの影響により国内線・国際線ともに大幅に減便。6月以降回復傾向にあるとはいえ、まだまだ少ない(次図)。その結果、羽田新ルート周辺住民への騒音被害が緩和されている。
便数が減っただけでなく、当初計画よりも大型機の割合が減少し、小型機の割合が増えたことでも(次図)、騒音影響が緩和されているのだ。
(同上)
「なんだ飛行騒音は意外と大したことはないんだ」と騒音を過小評価し、引越しに踏み切らなかった人もいたのではないか。
連日のコロナ報道
もう一つはマスメディアによる連日のコロナ報道のために羽田新ルートの報道がほとんど行われていなかったこと。
本来であれば7月の都知事選の争点の1つになったであろう羽田新ルート問題はほとんど取り上げられることはなかった。選挙の争点の1つになっていれば、羽田新ルート問題の認知度が高まり、不動産市場への影響はもっとあったかもしれない。
小池氏の圧勝の可能性が事前に報じられていたこともあり、多くの投票区で、4年前の都知事選挙の投票率を下回った。
羽田新ルートの騒音影響が比較的大きい中野・新宿・渋谷・品川区の一部の地域の投票率の低下の幅が小さいのは(次図)、羽田新ルート反対の意思表示のために投票所に足を運んだ人が多かったということなのかもしれない。
「羽田新ルート|2020都知事選の結果を可視化(12区まとめ)」より
今後不動産市場への影響を左右する3つの動き
以上のように、羽田新ルートが与える不動産市場への影響はまだ限定的であって、広がりを見せていない。金持ちはすでに引越しを済ましているし、楽観的な人や経済的に引っ越しが困難な人などは羽田新ルート下に踏みとどまっている。
では、今後はどうなるのか?
今後不動産市場への影響を左右する主な3つの動きを紹介しよう。
国交省によるルート見直しの動き
20年5月28日に3区(品川・目黒・港)の公明党の都議、区議からの緊急要望書を受けて尻に火が付いた赤羽国交大臣肝いりの「羽田新経路の固定化回避に係る技術的方策検討会」の第1回目が6月30日に開催された。
7月8日に公開された技術検討会の「議事概要」に新ルート見直しのヒントが記されている。
技術検討会のメンバのひとりである平田氏はかつて、飛行経路を分散させることで、騒音を「なるべく皆でシェアする」という提案をしていた。そのときの「見直しルート」を再現したのが次図。これが実現する方向で進み出すと、同ルート直下の不動産への影響は無視できないだろう。ただし、実現の可能性は高くない(羽田新ルート反対派に対するガス抜きで終わるのではないか)。
「羽田新ルート見直し検討、現在の進入ルートに曲線を持たせる!? 」より
行政訴訟と品川区投票条例の動き
羽田新ルート直下の住民ら29人が20年6月12日、国に新ルートの運用停止を求める行政訴訟を東京地裁に起こした。初回公判は9月28日。
また、コロナの影響で遅れていた「羽田新飛行経路の運用の賛否を問う品川区民投票条例制定」実現のための署名期間は10月4日~11月2日の1か月に決定。
マスメディアがこれら2つの動きを大きくかつ頻繁に取り上げるようなことがあれば、羽田新ルート問題に対する世間の認知度が上がり、羽田新ルート周辺の不動産への影響が出てくる可能性がある。ただ、このような流れになる可能性は高くないのかもしれない。東京五輪オフィシャルパートナーである新聞各社は東京オリンピックとリンクしている羽田新ルート問題を積極的に取り上げないからだ。
GOTOの風が吹けば不動産価格が下がる
不動産市場へ与える影響の可能性が最も高いのは次のような動きではないか。
現在世界中で開発が進められている新型コロナウイルスのワクチンが来年の早いうちに完成するか不確かではあるが、その結果がどうあれ、政府はコロナ対策をしながらGoTo トラベル キャンペーンのような経済対策を進めていくことは間違いないだろう。
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、経済対策を進めていけば、航空機需要が回復する。航空機需要が回復すれば、羽田新ルートの騒音問題や落下物・墜落リスクの認知度が上がる。認知度が上がれば羽田新ルート周辺住民は引越行動を起こすから、不動産価格が下がる……。
まとめ
- 羽田新ルートが与える不動産市場への影響はまだ限定的であって、広がりをみせていない。金持ちは1年以上前に逃げ終えているし、楽観的な人や経済的に引っ越しが困難な人などは羽田新ルート下に踏みとどまっている。
- 新型コロナウイルス感染症の拡大により、羽田新ルートの影響が緩和された。すなわち、コロナ減便による騒音被害の低減、連日のコロナ報道による羽田新ルート問題の認知度が上がらない。認知度が上がらないから不動産市場への影響は広がらない。
- 今後不動産市場への影響を左右する主な動きは3つ。
一つ目は国交省によるルート見直しの動き。騒音を「なるべく皆でシェアする」ためにルートを分散化させる。これが実現する方向で進み出すと、ルート直下の不動産への影響は無視できないだろう。ただし、実現の可能性は高くない。
2つ目は行政訴訟と品川区投票条例の動き。マスメディアが大きくかつ頻繁に取り上げれば羽田新ルート周辺の不動産への影響が出てくる可能性があるだろう。
3つ目はGOTOの風が吹き、航空機需要が回復すれば、羽田新ルートの騒音問題や落下物・墜落リスクの認知度が上がり、不動産価格が下がる。 最も可能性が高い動き。
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