日本近世国家成立史の研究が専門の三重大学教授・藤田達生氏の新著『災害とたたかう大名たち』角川選書(2021/4/23) を読了。
江戸時代のリーダーたちがどのように災害に立ち向かったのかを知ることができる。
※朱書きは、私のメモ。
民衆においては、自力救済が基本
民衆においては、基本的に何事も自力救済であって、結局のところ所属する町や村に運命を委ねるほかはなかったという。
戦国大名の災害対策
(前略)眼前の飢饉状況に対して、戦国大名は徳政をおこなうことがあった。たとえば、関東の雄・北条氏の永禄三・四年の大規模徳政は有名である。(中略)
ただし、戦国大名が徳政に積極的だったかというと、保護していた金融業者に打撃を与えることから消極的で、郷村からの徳政要求には対症療法的に対応していたのであって、徳政拡大への動きはなんとしてでも避けたい、というのが本音だった。
これまでの事例をもってみれば、江戸時代以前の地域社会においては、朝廷や幕府あるいは守護や戦国大名と言っても、災害から民衆を分け隔てなく積極的に守るという意識は低かった、と結論づけざるをえない。民衆においては、基本的になにごとも自力救済であって、結局のところ所属する町や村に運命を委ねるほかはなかったのである。(以下略)(P68-69/第2章 戦災からの復興)
※自助や共助で災害に備えなければならいという状況は、今も昔も変わらない……。
「民活」による「規制緩和」の実態は弥縫策
「民活」による「規制緩和」の実態は弥縫策であり、結局は幕藩体制崩壊へと直結することになったという歴史的教訓。
ポストコロナ時代
(前略)結局、幕府や藩は、本格的な改革による備荒貯蓄能力の拡充や御救い機能の強化には向かわなかった。豪商・豪農などの民間活力に依存する方策を採用し、彼らに特権を与えたり、旗本や藩士あるいは郷士などに取り立てて乗り切ろうとした。
しかし、このような「民活」による「規制緩和」の実態は弥縫策であり、結局は幕藩体制崩壊へと直結することになった。いつの時代も、公共機能は長期的な視点が不可欠であり、本来的に国家が担うものであって、決して民間で代行できるようなものではないからだ。古今東西、公共機能を民間に開放すると、たちまち政商による利権の争奪戦となって国家は滅亡してきたではないか。
かつてそうだったように、政治の機能不全がもたらす歴史の転換は、ポストコロナ時代において予想しうる展開だ。世界には、新型コロナ禍を戦争に例える国家リーダーたちがいる。世界保健機関(WHO)の統計によれば、世界の死者数は200万人を超えており、世界大戦規模となっている。(以下略)(P242/むすび~流動化する国家)
※デジタル庁に対して、"学者政商"の竹○平○氏らが利権の争奪戦を展開しているとかいないとか……。
本書の構成
2部5章構成。全252頁。
- 第1部 行政としての災害復興
- 第1章 領民を救う藩
- 第2章 戦災からの復興
- 第3章 藩公儀の誕生
- 第2部 災害が歴史を動かす
- 第4章 責務としての災害復旧
- 第5章 災害と藩の自立
あわせて読みたい(本の紹介)