第210回国会(22年10月3日~12月10日)の衆議院の質問主意書22件のなかに、13番目として「キャピタルフライト」に係る次の質問主意書が埋もれている(11月3日現在)。
櫻井周 衆議院議員が10月18日に提出した質問主意書に対する政府答弁書(10月28日)が公開されたのでひも解いてみた。
読みやすいように、一問一答形式に再構成しておいた。
※時間のない方は、「質疑応答のポイント」と文末の「雑感」をお読みいただければと。
櫻井周 衆議院議員(2期、立憲民主党、京大院卒→ブラウン大学院卒、52歳)
円安がキャピタルフライトをもたらすリスク
日本銀行の資金循環統計によれば我が国の家計が保有する金融資産(2022年3月末)は2000兆円を超えている。外貨預金は約7兆円であることから、この金融資産の大半は円建てで保有されていると考えられる。
この半世紀、我が国は貿易黒字国であり、常に円高が進みうる要因があった。したがって、金利の高い外貨で運用しても円高が進めば運用益は為替損で相殺されてしまうことから、我が国においては外貨建てでの資金運用はあまり広まらなかった。
しかしながら、現下の状況は、貿易赤字であり、このことは円安ドル高の要因となる。加えて、物価高対策として世界的な金利引き上げが進む中で、日本銀行の黒田東彦総裁は異次元の金融緩和を堅持する方針を示していることが円安要因となっている。すなわち、資産運用をめぐる状況は過去50年の状況から大きく変わったところ、以下、質問する。
問1:貿易赤字は定着する可能性?
我が国の貿易収支は、赤字となり、今後も少子化と高齢化の進展に伴い生産年齢人口の減少から貿易赤字は定着する可能性があると考えるが、政府の見解如何。
答1(&2&4):一概にお答えすることは困難
(後述)
問2:円キャリートレードが広がる可能性?
日本銀行はマイナス金利を堅持する一方で、アメリカではインフレ対策として金利を引き上げており、日米の金利差は約4%となっている。
さらに、今後も円高に振れる可能性が低いと考えれば、超低金利の円を調達してドルで運用する円キャリートレードが広がる可能性があると考えるが、政府の見解如何。
答(1&)2(&4):一概にお答えすることは困難
(後述)
問3:円キャリートレードが広がることは、円安ドル高要因?
円キャリートレードが広がることは、円安ドル高要因となると考えられるが、政府の見解如何。
答3:お答えすることは差し控えたい
御指摘の「円安ドル高要因」について言及することは、外国為替市場に不測の影響を与えるおそれがあるため、お尋ねについてお答えすることは差し控えたい。
問4:円安ドル高が進めば、「キャピタルフライト」が起きるリスク
我が国の貿易赤字、日米の金利差、円キャリートレードの広がりなどから円安ドル高が進めば、現在は円で保有されている日本国内の個人金融資産が逃げ出す「キャピタルフライト」が起きるリスクがあると考えるが、政府の見解如何。
答(1&2&)4:一概にお答えすることは困難
お尋ねについては、様々な要因に左右されるものであり、一概にお答えすることは困難である。
問5:我が国の円安政策、際限なく円安が進むリスク?
アベノミクスと異次元の金融緩和に象徴される我が国の円安政策が日本人による自国通貨への不信につながれば、際限なく円安が進むリスクがあると考えるが、政府の見解如何。
答5:お答えすることは困難
御指摘の「円安政策」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、政府としては、為替レートを円安の方向に誘導する政策は採っておらず、そのような政策を前提とした質問にお答えすることは困難である。
雑感
円安がキャピタルフライトをもたらすリスクについて、櫻井周 衆議院議員(立憲)が問い質すも、政府は「お答えすることは困難」「お答えすることは差し控えたい」という常套句を放ってゼロ回答。
元日本銀行理事の早川英男氏は9月5日に放送されたBS-TBS「報道1930」で、「日本が一番恐れるべきなのは、日本人が円を売るときっていうのが一番怖い」と発言していた。
僕は近い将来には考えてませんけれども、日本が一番恐れるべきなのは、日本人が円を売るときっていうのが一番怖い。
(司会者・松原氏:日本人が海外の方のお金に資産を移すとき。そうなると何が起きますか?)
本当に激しい円安になり、インフレになります。ですから彼(ヘッジファンド)が言ってることっていうのは、本当に日本人がキャピタルフライトで、円から逃げるようなことが起これば、おそらくそれこそ170円よりもっと行っちゃうかもしれないし、インフレ率ももっと行っちゃうかもしれないっていうのもありますけど、それは近い将来に起こるとは思っていません。
資産をたっぷり抱え込んでいる年寄りの多くは外貨建て資産への切り替えをするだけの気力も知見もないので、当面はキャピタルフライト心配するに及ばず、と私も思う。
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野口 悠紀雄 (著)『日本が先進国から脱落する日』プレジデント社(2022/3/1)
自民党、民主党にかかわらず、円安を求めてきた。自民党が企業利益や株高を追求するのは、やむをえない。問題は、労働者のための政治勢力であるはずの革新勢力が、労働者を貧しくする政策をとったことだ。その責任は重い。(P49)
株価の上昇は、右に述べたように、ドルで評価した日本人の賃金を抑えたことによって実現したのだ。技術開発や新しいビジネスモデルの創出で実現したことではない。
それにもかかわらず、こうした評価は、政治を動かす力にはまったくなっていない。これが日本の悲劇だ。(P55)