渋谷区は6月15日、「渋谷区地域防災計画(大規模事故編)(案)」を公表。同案につき、6月28日まで意見等を募集している。
意見等を提出できるのは次の3者。
- 渋谷区在住・在勤・在学の方
- 渋谷区内事業者・法人・団体
- この計画に利害関係のある方
羽田新ルートに係る記載も見られるので、以下整理しておいた。
※投稿21年6月17日(追記7月16日)
大規模事故編の構成
「渋谷区地域防災計画(大規模事故編)(案)」は21頁・2編から構成されている。羽田新ルートに係る記載は、「第2編 事故災害対策計画」の「第2章 個別対策」のうち「第2節 航空機事故」に記されている(次図)。
ちなみに、現在の「渋谷区地域防災計画(平成30年修正)」は、下記の通り3部で構成されていて、今回の「大規模事故編」で対象となっている5つの事故(鉄道事故、航空機事故、道路事故、大規模停電事故、群衆雪崩事故)は含まれていない。
第1部 震災編
第2部 風水害編
第3部 火山・原子力災害対策編
「航空機事故」の記載内容
羽田新ルート、広域にわたる多数区民等を巻きこんだ被害
大規模事故編に航空機事故対応が取り上げられたのは、羽田新ルートの運用開始(20年3月29日)が契機になっていることが分かる。「広域にわたる多数区民等を巻きこんだ被害の発生が予想されている」とされている。
第2節 航空機事故
令和2年3月の羽田空港新飛行経路の運用開始に伴い、区内上空はその航空路の一部となっている。航空機は大量の引火性燃料を搭載しており、地上に墜落、炎上等の事故が発生した場合、広域にわたる多数区民等を巻きこんだ被害の発生が予想される。
そこで、平常時における機関相互の連絡協力体制等の整備、被害の拡大を防御し、被害の軽減を図るため区及び防災関係機関の実施する対策を定めるものである。
予防計画:区が国交省の下部組織に保安対策を要請
航空機事故を防止するために、渋谷区は国交省の下部組織である東京空港事務所に保安対策を講ずることを求めている。
第1 予防計画
航空機事故を防止するため、東京空港事務所は、次の保安対策を講ずる。
- 1 空港内における航空機の安全な運航を確保するため、飛行場施設(滑走路、誘導路、エプロン等)及び航空保安施設等の良好な維持管理を行う。
- 2 空港に離着陸する航空機及びその周辺空域を飛行する航空機の安全と円滑な運航を確保するため航空管制、運航管理等の必要な措置を行う。
- 3 航空会社等の関係機関に対し機会あるごとに、保安対策(ハイジャック等防止対策を含む)について、指導、啓もうする。
- 4 航空機事故に迅速かつ適切に対処するため、関係機関の協力を得て、空港内において消火救難の図上訓練、部分訓練及び総合訓練(空港外を含む)を実施する。
応急対策:具体的な9項目(情報収集~遺体の収容)
航空災害が発生、またはまさに発生しようとしている場合の9項目の応急措置が具体的に記されている。「航空機災害により影響を受ける区域の住民に対しては、避難指示を発令し、安全な地域に避難所等を開設し、収容する」とされている。
第2 応急対策
航空機災害が発生又はまさに発生しようとしている場合、以下の応急措置を行う。
- 1 情報収集
区は、航空機事故においては、以下の情報を収集・報告する必要があり、情報を一元的に管理し、情報の共有化を図る。
(1)事故航空機に関する情報
① 事故航空機の便名、発着地、機種等
② 乗客及び乗務員の住所、氏名等
(以下省略)- 2 消火活動
航空機火災は、大量の液体燃料を搭載しているなどの理由により、他の火災とは異なる特徴を持つことから、防災関係機関等は次の点について留意した消火活動を行う。
(1)泡放射は原則として風上又は風横から行う。
(以下省略)- 3 救助活動
航空機災害が発生した場合、乗客、地域住民の生命、身体の安全を図るため、防災関係機関等は次の点について留意した消火活動を行う。
(1)非常口の位置、開閉要領及び燃料の位置の把握に努める。
(以下省略)- 4 救急活動(省略)
- 5 交通規制
警察機関は、災害現場に通ずる道路等で交通規制を行う。また、その旨を交通関係者及び地域住民に広報する。区は、防災行政無線等を通して広報に協力する。- 6 避難
区は、警察と協力し、人命の安全を第一に適切な避難誘導を行う。
避難誘導に当たっては、避難場所及び災害危険箇所等の所在並びに災害の概要その他の避難に関する情報の提供に努める。
また、航空機災害により影響を受ける区域の住民に対しては、避難指示を発令し、安全な地域に避難所等を開設し、収容する。- 7 広報
航空機災害は、社会的にも大きなインパクトを与えるものであり、また、一度に多数の死傷者が出ることから、被災者家族への情報提供や地域住民等への広報は重要である。
また、報道機関に対しては、適時適切に対応するものとする。
(1)被災者の家族等への情報提供
(以下省略)- 8 防疫
防疫については、事故航空機が国際線である場合には、成田空港検疫所等と密接な連携を図り、応急対策を講じる。- 9 遺体の収容
区は、遺体の収容所を設置し、遺体の収容を行う。
雑感
「予防計画」は、東京空港事務所(国交省下部組織)に丸投げ!?
「予防計画」で、渋谷区は国交省の下部組織である東京空港事務所に保安対策を講ずること求めている。渋谷区が東京空港事務所に保安対策を要請することは可能だが、東京空港事務所がこれに応じる法的義務はあるのか。
あるいは、渋谷区と東京空港事務所との間では調整済み事項なのか。でも、そうだとすると、東京空港事務所は新宿区や品川区などからも同様の要請を受け入れていなければバランスが悪い。「新宿区地域防災計画(平成29年度修正)」「品川区地域防災計画(令和元年度一部更新)」いずれも、大規模事故対策として航空機に係る記事はあるものの、東京空港事務所には言及していない。
具体的な被害想定はされているのか
渋谷区地域防災計画(大規模事故編)には、具体的な被害想定が欠かせないのではないか。
「第2節 航空機事故」の冒頭に、「航空機は大量の引火性燃料を搭載しており、地上に墜落、炎上等の事故が発生した場合、広域にわたる多数区民等を巻きこんだ被害の発生が予想される」と記されている。でも、肝心の被害想定は記されていない。具体的な被害想定なしに、「第1 予防計画」「第2 応急対策」が実効的なものとなり得るのだろうか。
たとえば、墜落事故が渋谷スクランブル交差点(A滑走路到着ルートから170m)で発生した場合の阿鼻叫喚の世界を定量化できているのか。あるいは、新国立競技場(C滑走路到着ルートからオリンピックスタジアムの中心まで300m)でイベント中に墜落事故が発生した場合、渋谷区だけで収容人数6万8千人の対応ができるのか。
追記:区独⾃の被害想定は行っていない
※追記7月16日
渋谷区は7月15日、提出された意見と区の考え方を公表。
2人から16件の意見が寄せられている。
特に気になったのは次の被害想定の件。区独⾃の被害想定は行っていないという。
- 【意見】
区内の住宅や会社、学校などで、墜落やそれに伴う火災、落下物などが発生した場合、どういった被害を想定しているかのシミュレーション結果の公表をお願いします。- 【区の考え方】
区独⾃のシミュレーションは行っていません。本計画は過去に発生した大規模事故災害を想定して策定された東京都の地域防災計画(大規模事故編)を踏まえ計画案を作成しました。
過去に発生した大規模事故災害を想定して策定された東京都の地域防災計画(大規模事故編)を踏まえ計画案を作成したというのだが、それで十分なのか。
都の地域防災計画(大規模事故編)に「資料第1 過去の主な大規模事故等」として、航空機事故が多数リストアップされている(次図)。
(次図は一例)
「全日空機東京湾に墜落(死者133)」「カナダ航空機が羽田空港で炎上(死者64)」「英国海外航空機富士山腹で遭難(死者124)」「全日空機松山空港沖に墜落(死者50)」などを分析することは重要だが、渋谷スクランブル交差点や新国立競技場での被害想定を行わない理由にはならないのではないか。
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