元日本航空機長、杉江弘氏と山口宏弥氏による共著『パイロットは知っている 羽田増便・都心低空飛行が危険なこれだけの理由』合同出版(2020/2/12)を読了。
機長としての豊富な経験を持つ二人の解説を読むと、国が強行する羽田新ルートの危うさがよく分かる。
※朱書きは、筆者コメント。
「最大」80デシベルは嘘だった
飛行機が着陸態勢に入ると、パイロットは降下角の調整や風速・風向への対応でエンジン出力の上げ下げを行う。このような操作により、国交省がこれまで説明してきた「最大」騒音レベルは容易に超える可能性があるという指摘。
「最大」80デシベルは嘘だった
もう1つの問題点は、最大80デシベルという数値についてです。最大ということは、これ以上は超えないということのはずです。飛行機が着陸態勢に入った際は、パイロットが降下角を調整するために、エンジン出力を上げたり、下げたりします。加えて風速や風向が変わると、進入速度が変わりますから、速度が遅くなったらエンジン出力を上げます。そうやって高度を下げながら滑走路に進入していきます。
このような操作をしていますから、瞬間的には80デシベルを超え、100デシベルなどの音になることもあるだろう、と国交省の担当者に問うたのです。すると、担当者は「それはあります」と答えました。だから「最大」という断言はおかしいのです。(以下略)(P49/第3章 根拠のない騒音想定がされている)
※実際に乗客を乗せた旅客機を使った飛行試験(実機飛行確認)に伴う飛行騒音の測定結果を分析すると、国交省データを元に筆者が独自推定した最大騒音レベルに対して、多くの地点で国交省の速報値が上回っていたことが確認できる(次表)。
「実機飛行確認の結果(まとめ)」より
機長のILSアプローチ要求を管制官は断れない
東京都心に不慣れなパイロットや慎重なパイロットがILSアプローチを要求すると、管制官は断れない。1機がILSアプローチを要求すれば、すべての飛行機がILSアプローチを取らざるを得なくなるという管制事情が浮上。
アプローチ(進入)方法を決めるのは誰か
降下角が3.0度になるILSアプローチは「天気の悪い時だけ採用する」と国交省は説明していますので、ヒアリングの際に、「もし、パイロットが天気のよいときに、ILSを要求したらどうするのですか?」と私は質問したことがあります。
ILSアプローチは電波に従って3.0度で降りていけば安全ですから、東京都心に不慣れなパイロットや本当に慎重なパイロットは、ILSアプローチを選択するでしょう。パイロットからの要求に対して、管制官は必ずそれに応じなければならないという原則があります。つまり、管制官が「ダメです。RNAVでやってください」と指示することはできないのです。
(中略)
つまり1機が南西側へのILSアプローチを要求すれば、すべての飛行機が淡路島と神戸空港上空を経由する遠回りするルートをとらなければならなくなります。それによって燃料も時間も余計にかかります。
国交省の担当者は、私の質間に対し、はじめは黙っていましたが、「(管制はILSのリクエストを)拒否できないでしょう?」と問うと、「できない」と認めました。(P64-65/第4章 羽田は世界一着陸が難しい空港になる)
※ILS、RNAVという専門用語に戸惑う人は多いのでないか。平たくいえば、以下のようなことだ。
「好天時」には人工衛星からのGPSデータが利用できるので、降下角3.5度の”急降下”を要するRNAVアプローチ運用となる。
「悪天時」に運用されるはずの、地上施設からの誘導電波を利用したILSアプローチであれば、降下角3.5度の”急降下”をする必要がなくなる。
ILSアプローチは、時間や燃料が余計にかかる問題もさることながら、本来「悪天時」にしか低空で飛ぶことのなかった、さいたま市の一部(浦和区、南区、桜区)や朝霞市の東側、和光市だけでなく、練馬・中野区の上空も高度900mで通過することになるから、飛行騒音が増大するという問題が生じるのだ。
住民を欺くB滑走路からの離陸制限
そもそも性能上B滑走路を離陸できない航空機に対して、あたかも騒音対策や住民への配慮した結果として飛行制限をしたかのように説明している政府のやり方は、住民を欺くものであるという指摘。
住民を欺くB滑走路からの離陸制限
(前略)ところが2019年末になって、川崎コンビナート上空の飛行制限について、地域住民の不安を払拭させることなく、東京航空局長から2019年12月16日付で、これまでの飛行制限の通知を廃止し、新たに川崎市長宛てに羽田空港を離着陸する航空機のコンビナート上空の飛行を認める通知が出されました。
(中略)
さらに驚くことに、国交省は騒音の軽減に配慮するためとして、B滑走路では長距離国際線について「羽田から6000キロを超えない路線とする」と運用制限を設けるとしています。あたかも騒音対策や住民への配慮のように説明していますが、これは制限などというものではありません。
B滑走路の長さは2500メートルしかありませんから、そもそも羽田から6000キロを超えて飛行する航空機は重量が重いため離陸することができません。
(中略)
また、騒音の影響の大きい4発機(ボーイング747、エアバスA340など)を機材制限するとしていますが、もともと長距離国際線使用のこれらの航空機は、通常の長距離飛行では2500メートルの滑走路での離陸はしません。性能上離陸できない航空機の離陸を制限するなどと説明する政府のやり方は、住民を欺くものです。(P101-102/第7章 住民を欺く国交省の羽田重視の説明)
※実際に乗客を乗せた旅客機を使った飛行試験(実機飛行確認)では、7日間でB滑走路を離陸したのは全部で245便だった。
羽田小学校は川崎ルート直下から1.2kmも離れているにも係らず、飛行高度が低いこともあり(150m⇒300m)、80dBを超えた日が多い(幹線道路際、掃除機並み)。
本書の構成
全7章、110頁。
- 第1章 なぜ羽田増便なのか
- 第2章 航空機からの落下物はなぜ発生するのか
- 第3章 根拠のない騒音想定がされている
- 第4章 羽田は世界一着陸が難しい空港になる
- 第5章3.5度の降下角はスタビライズド・アプローチに違反する
- 第6章 墜落リスクゼロという想定は正しいのか
- 第7章 住民を欺く国交省の羽田重視の説明
『パイロットは知っている 羽田増便・都心低空飛行が危険なこれだけの理由』
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世界100か国10万人を超えるパイロットを代表する組織体IFALPAが降下角3.45度に対して懸念する文書を公表している。