先月末(1月31日)に発刊された久川涼子著『実録 水漏れマンション殺人事件』(新潮社)を読了。
『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』以上に衝撃的な本である。
なにせ、殺人に伴う深刻な漏水事故、住戸復旧のための業者対応、損害賠償のための裁判といった3つのリアルが、実際に体験した一人の女性ライター(久川涼子氏)によって記録されているのだから。
マンションの上階からの漏水事故に見舞われた著者。漏水の引き金は、上階での殺人事件。
三日三晩止まらなかった漏水のせいで、著者が所有している賃貸住戸が使い物にならなくなる。
工事費の見積もりを水増ししてくる業者、保険会社の出し渋り。悲惨な状況に追い詰められた著者に救いの手を差し伸べる『建築家』氏とK弁護士。
不動産業界のデタラメぶりがよく分かる
決して皆がそうだというワケではないのだろうが、不動産業界のデタラメぶりがよく描かれている。
著者が所有している賃貸住戸があるマンションの管理会社の下請け業者の『ホンジャマカ氏』
保険会社への請求手続きの悪だくみがバレて、著者に吐いた捨て台詞。
「今回はあなたの好きなように事が運んだが、いつもそうなるわけではないことを憶えておいて欲しい」と、わけのわからない捨て台詞を吐いた。(P85)
著者が所有している賃貸住戸を扱っていた不動産屋の『グレー不動産の紳士』氏は、著者の無知に付け込む。水害で住めなくなった賃借人の損害を支払い義務のない著者に請求していた。
それにしても、仕事とはいえ、最初から支払い義務などないとわかっている人間から、お金を取ろうとするかな? (蛇の道は蛇)といおうか、〈世間のからくり〉といおうか。
あれから数年が経ったけれど、今頃彼はどうしているのだろう? まだ、グレー不動産に勤めているのだろうか?(P99)
暗にキックバックを求めてくるマンション管理会社の『めでたい苗字』氏。
「当社が工事を発注しているA社ですけど、実は普段、A社が当社に工賃の一部をくれることになっているんです。ですが、今回は僕、大家さんの窮状を充分理解していますので、うちの分は考えないでいいよと言っておきましたから」
あらら、『めでたい苗字』よ、君はもしかして、キックバックに言及している? それって、相当やばくない? 私は心の中でそうつぶやいて、でも実際には「ありがとうございます」と、わけのわからない返答をしておいた。(P100)
保険会社のずさんな鑑定人に、義憤を覚える『建築家』氏。
「こんなもの、下地をそのままにして表面だけ替えたら、何年後かにトラブルが起きることくらい鑑定人ならわかっているはずです。ひどいなあ。君は今回、完全な被害者でしょう。
そういう人に対して、建設業者は水増し請求するわ、保険会社は出し惜しみするわじゃ、どうしようもないじゃない。わかった。僕が解体業者を手配するから、再鑑定してもらおう」(P117)
日本の裁判制度の一端を垣間見ることができる
本書の後半は、損賠賠償の裁判に振り回される著者の様子が描かれている。
第9回の口頭弁論では遂に、著者が証言台に立つ。
裁判官の指示で証言台に向かった私は、おそらく右足に右腕を、左足に左腕を出して歩いていたにちがいない。それくらいガチガチに緊張していた。
証言台の前に立つと、台は想像していたより低かった。そこに立つ、座るは任意で、法廷ドラマと異なり一般に証人は座って尋問を受ける。証言台の前に置かれたイスに腰掛け、両手を膝の上に置いた時、自分の腕がぶるぶると震えでいるのが身体中に伝わった。(P189)
提訴してから、判決が出るまで1年9か月。
最後はどうなったのか?
続きは本書で。
本書の構成
全6章、222ページ。
- 第一章 「もしもし、お宅のマンションが水漏れしているもんで」
- 第二章 迷走する殺人マンション
- 第三章 救世主は保険会社と弁護士
- 第四章 〈訳ありマンション〉の資産価値
- 第五章 裁判ニッポン狂騒曲
- 第六章 水漏れて地は固まるか
ところどころホノボノとしたタッチの4コマ漫画が挿入されているので取っつきやすい。
柔らかい文章なので、スラスラ読める。
深刻な漏水事故、業者対応、裁判。
あなたがこのような3つの事態に同時に巻き込まれる可能性は極めて低いだろうが、いざという時のために読んでおいて損はないだろう。
下手な小説よりも面白い。
損害の鑑定のされ方や、裁判がどのように進められていくのかなど学びも多い。