『チョンキンマンションのボスは知っている:アングラ経済の人類学』春秋社(2019/7/24)読了。
書名にマンションが入っていたので読んでみたのだが、いい意味で期待を裏切られた。立命館大学大学院先端総合学術研究科の女性教授による、 香港における地下経済学のノンフィクションだったのだ。
チョンキンマンションとは、観察対象となったタンザニア人のボス・カラマを中心とした香港在住のタンザニア人たちが拠点としていたマンションのことである。
そのカマラたちが展開するビジネスは、先進国では考えられないような人的ネットワークを駆使した泥臭いが、実効的なものであった。どのようなビジネスのやり方であるか詳細は本書に譲るが、コロナ禍で新規ビジネスを検討している人にとってヒントとなる部分がありそうだ。
スワヒリ語を話すことができる小川さやか教授は、単身で怪しげなタンザニア人たちもたむろしているチョンキンマンションに乗り込みむという、学者らしからぬ人である。
【補足メモ】
チョンキンマンション(重慶大厦)は、1961年に完成した、個人住宅を主な目的とする16階建ておよび17階建のビルの5棟の総称であるが、現在、観光客が集まる繁華街の一等地にありながら、数多くの安宿が密集しているビルとして有名(略)南アジア・中東・アフリカなどの出身者のコミュニティができている場所でもある(重慶大厦 - Wikipedia)。
↓ チョンキンマンション(5棟)の屋上写真
Photo by Ralf Roletschek.2013.CC BY 3.0.
「ゆとり」のあるチョンキンマンションの暮らし
彼らの日常的な暮らしには、何かしら「ゆとり」のようなものが観察される。彼らが他者と生きていく中で醸成した知恵によって自ら再帰的に生み出しているものである。
「ゆとり」のあるチョンキンマンションの暮らし
(前略)第1章で描いたように、高級ホテルも収容所も経験し、何百万を稼いだ月だけでなく若者たちに借金する月も乗り越えてきた「チョンキンマンションのボス」の半生は、波乱万丈である。
カラマだけではない。第5章で取り上げたように、香港に逞しく乗り出していくタンザニア人たちの中には驚くべき稼ぎを持つ者もいるが、常に順風満帆ではなく、不安定な身分ゆえの数限りない困難と、香港・中国の投機的で不確実な市場における失敗や窮地に彩られている。
それでも不思議なことに、彼らの日常的な暮らしには、何かしら「ゆとり」のようなものが観察される。この「ゆとり」は、彼らが築き上げたシステムによって、彼らが他者と生きていく中で醸成した知恵によって自ら再帰的に生み出しているものである。(P239/最終章)
自他の「ついで」を飼いならす
他者の事情に踏み込まず、メンバー相互の厳密な互酬性や義務と責任を問わない「ついで」のネットワークが経済的な価値を生み出している。
自他の「ついで」を飼いならす
(前略)このようにして、彼らは、他者の事情に踏み込まず、メンバー相互の厳密な互酬性や義務と責任を問わず、無数に増殖拡大するネットワーク内の人びとがそれぞれの「ついで」にできることをする「開かれた互酬性」を基盤とすることで、気軽な助けあいを促進し、香港・中国、マカオ、タイ、ドゥバイ、アフリカ諸国にまたがる巨大なセーフティネットをつくりあげていたのである。
情報通信技術(ICT)やモノのインターネット化(IoT)、AI等のテクノロジーの発展に伴い、「ついで」の経済的な価値が注目されるようになった。組合活動を含めた彼らのネットワークは、UberやAirbnbなどのプラットフォームと同じように人々の「ついで」や「無理なくできること」を組織する機能を果たしている。だが彼らの組合は、現代的なシェアリング経済とは、いくぶん発想が異なってもいる。(P246-247/最終章)
遊んでいることが仕事になる
TRUSTにおける取引相手の信頼は、コメディ動画等を含めた日々の投稿を通じた、より生々しくて個別的な、日々移り変わっていく人格的な理解によって生みだされていた。
遊んでいることが仕事になる
(前略)TRUSTは、香港のブローカーとアフリカ諸国のブローカー・顧客を結びつける仕組みであり、基本的な機能としては、既存のオークション/フリマサイトと類似している。
これに参加している買い手は、わざわざ香港に渡航しなくても、香港の複数の売り手が流している写真と情報、価格を比べて、妥当な値段で中古車を仕入れることができる。
(中略)重要なことは、一般的なSNSを利用したTRUSTは、専門的なビジネスサイトとは「信用/信頼」創出の仕組み、あるいは考え方が異なっていることである。
TRUSTは、取引内容がSNS上で記録され、不特定多数の第三者に開示されており、その気になれば、追跡できるという意味では、あらゆるインターネットを介した取引と同じく、ある種の信用を担保する仕組みになっている。だが、彼らの本当の知恵はプラットフォームで自動的に計算される評価経済システムを採用しないことにある。(中略)
本書で取り上げたTRUSTが基盤とするSNSユーザーは、広義の「友人」である。TRUSTにおける取引相手の信頼は、コメディ動画等を含めた日々の投稿を通じた、より生々しくて個別的な、日々移り変わっていく人格的な理解によって生みだされていた。(以下略)
(P253-257/最終章)
本書の構成
全8章、273頁。
- 序 章 「ボス」との出会い
- 第1章 チョンキンマンションのタンザニア人たち
- 第2章 「ついで」が構築するセーフティネット
- 第3章 ブローカーとしての仕事
- 第4章 シェアリング経済を支える「TRUST」
- 第5章 裏切りと助けあいの間で
- 第6章 愛と友情の秘訣は「金儲け」
- 最終章 チョンキンマンションのボスは知っている
『チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学』
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