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「飛行機が頭上を飛ぶ」だけでは裁判できない? 羽田新ルート訴訟が最高裁へ持ち込んだ「3つの壁」

東京都心の上空を、大型機が低く轟音を引きながら通過していく。2020年3月に始まった羽田空港の新飛行ルートは、品川・港・渋谷といった都心の真上を飛ぶ経路だ。

運用開始から5年が過ぎた今も、経路直下に暮らす住民22名が国を相手取った裁判が続いている。地裁で敗訴、高裁でも敗訴。それでも諦めずに最後の砦・最高裁へ上告したのは、「入口の扉さえ開けてもらえていない」という弁護団の確信があるからだ。

昨年12月4日に提出された上告理由書(PDF:3.3MB)を読み解くと、「騒音がうるさい」「落下物が怖い」という当たり前の生活実感と、司法の扉の間に、3枚の分厚い壁が立ちはだかっていることがわかる。その壁の名前は「処分性」「原告適格(騒音)」「原告適格(落下物)」という。

難しそうに聞こえるが、本質はいたってシンプルだ。一緒に読み解いていこう。


もくじ

まず全体像を把握する──5年以上に及ぶ法廷闘争

図表3_羽田新ルート取消訴訟に係る実績

上のグラフを見ていただきたい。2020年6月の提訴から口頭弁論の回数は積み上がり、2025年秋に「最高裁へ上告」の節目を迎えた。訴訟の実施期間は、羽田新ルートの運用期間とほぼ丸ごと重なっている。つまり住民たちは、飛行機が頭上を飛び続けるなかで、並行して法廷を戦い続けてきた。

高裁の判決が出たのは2025年10月7日。東京高裁民事第19部は住民側の主張をほぼ全面的に退けた。これに対して弁護団が同年12月4日に提出したのが、今回取り上げる「上告理由及び上告受理申し立て理由書」だ。

上告理由及び上告受理申し立て理由書


壁①「そもそも、これは裁判で争えるのか」──処分性問題

行政訴訟には大前提がある。裁判で取り消せるのは「行政処分」だけだ、というルールだ。

「行政処分」とは何か。1964年の最高裁判決が定義を示している。「その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」──つまり、国民の生活や権利に直接影響を及ぼす行為だ。逆に言えば、行政機関どうしの内部的なやり取りは「処分」にあたらないため、訴訟の対象外になる。

今回、住民が取り消しを求めたのは「東空保第16号」という通知だ。東京航空局長が東京国際空港長に宛てた文書で、高裁は「行政機関の内部行為にすぎない」として処分性を否定した。

ただし、壁①は一見シンプルに見えて、実際には複数の争点が重なっている。核心は「内部行為か否か」ではなく、「内部行為であっても、例外的に処分性が認められるか」という、より深い問いだ。

弁護団はまず、高裁の論理構造そのものに切り込む。高裁は証拠として提出された図面(甲174号証)について、「川崎石油コンビナート地域上空の飛行を避ける取り扱いがされていた」という運用上の事実は認めた。ところが結論では「この通知は行政機関の内部行為であり、直接国民の権利義務を形成するものではない」として処分性を否定した。

弁護団はここに鋭く切り込む。「実態としてパイロットや管制官に飛行制限という義務を課していることを認めながら、なぜ法的には処分ではないと言えるのか、その理由が説明されていない」──これが「理由不備・理由齟齬」という法技術的な違法主張の骨格だ。

さらに重要なのが、通知の構造的な問題だ。「東空保第16号」という同一の記号番号で、川崎市長という行政外部の人物にも、不可分一体の形で通知が発出されていた(甲176号証)。単なる行政機関内部の連絡であれば、外部の川崎市長に同一番号で通知を出す必要はない。弁護団は、この事実を無視して「純粋な内部通知だ」と結論づけた高裁判断には、明らかな理由不備があると主張する。

【ポイント】裁判で争うには「これは行政処分だ」という入口の確認が必要。高裁は「内部通知」として門前払いしたが、弁護団は「認定と結論の間に説明がない」「外部への通知という事実を無視している」という二段構えで反論している。

壁②「騒音で訴える資格があるのか」──原告適格と判例の非対称

仮に処分性の壁を乗り越えても、次の壁が待っている。「あなたは訴える資格(原告適格)がありますか」という確認だ。

高裁は「飛行経路の周辺に居住する者は、ある程度の航空機騒音については不可避のものとしてこれを甘受すべき」と判示し、騒音被害が「著しい程度」に至っていない住民には原告適格を認めなかった。

弁護団がこれに対置するのが、第1次厚木基地訴訟の上告審判決(1993年)だ。この判決は自衛隊機の運航について、「周辺住民の受忍を義務付けるものとして公権力の行使に当たる」と認定し、処分性を肯定した。

弁護団はここから、ある非対称を問題視する。自衛隊機の運航でさえ「処分性あり」と認めた先例があるにもかかわらず、民間機の飛行ルートには認めない──この判例上の非対称は「法の均衡を欠く」のではないか、というのが弁護団の問いかけだ。

また、原告適格の範囲については2005年の小田急大法廷判決が重要な先例となる。この判決は、居住地が形式的に「対象区域内かどうか」だけで機械的に原告適格を判断することを否定し、居住地と事業地との距離・影響の程度を含めた社会通念上の総合判断を求めたものだ。高裁がこの枠組みを適切に当てはめたかどうかも争点の一つとなっている。

【ポイント】「うるさい」と裁判で言うにも、法律上の「資格」がいる。高裁は「ある程度は我慢すべき」としたが、弁護団は先例との非対称と、判断基準の誤った当てはめという二点で反論している。

壁③「落下物で訴える資格があるのか」──航空法の「誰を守るのか」論争

3枚目の壁は、騒音ではなく「航空機からの落下物」にかかわる原告適格だ。

書面に添付された国土交通省の報告書(「落下物対策の強化策」平成30年3月)には、過去10年間で空港外での落下物確認が19件あり、ビニールハウス破損・車両破損・屋根瓦破損といった被害事例が記録されている。氷塊については「地上に落下後、溶けることもあり特定が困難」「発生者が特定できない場合でも、被害者には補償を行う必要がある」とも明記されており、実害の存在は否定できない。

焦点は航空法83条の解釈だ。ただし争点は条文の内容そのものではない。「この規定が、誰の利益を守るための規定なのか」──そこが問われている。

高裁は「航空法83条は航空交通の安全を考慮するためのものであり、飛行経路の定めに起因する墜落等から地上住民の生命・身体を個別的利益として保護する趣旨を含まない」と一蹴した。

これに対し弁護団は、二段構えで反論する。まず航空法83条の直接目的である「航空機同士の衝突防止」の必然的な延長として、墜落や落下物から地上の市民の生命・財産を守る目的が含まれているはずだ、と主張する。

さらに強力な根拠として、近年の法令改正を持ち出す。航空法施行規則210条・232条には、「人の生命、身体又は財産に生じた損害の被害者の保護を図る」措置を講じることが航空会社に義務づけられている。弁護団によれば、この規定は羽田の新飛行経路をめぐる住民の懸念を直接の契機として設置された国の検討会議の提言を受け、2018年の省令改正で明文化されたものだ。

つまり、「ルールを作る側(国)が住民保護を目的として明記したのに、裁く側(裁判所)がそれを個別的利益の保護にあたらないと切り捨てていいのか」──これが3枚目の壁を穿つ、核心的な問いだ。

【ポイント】「危ない」と裁判で言うにも資格がいる。航空法が地上の住民を個別に守る趣旨を含むかどうか、そして国自身が「住民保護」と書き込んだ施行規則をどう読むか──これが本件最大の争点の一つだ。

最高裁はどう判断するか

3つの壁それぞれに、弁護団は丁寧な論理を積み上げている。一方、国側の反論は本稿では確認できていない。最高裁がこの上告を「受理」するかどうかも、現時点では未定だ。

注目点は2つある。

一つは「内部行為であっても例外的に処分性を認める要件」を最高裁が初めて明示するかどうかだ。書面自体が認めているように、こうした例外を正面から認めた最高裁判決はまだ存在しない。もし最高裁が一定の基準を示せば、航空行政にとどまらず広く行政訴訟のあり方に影響する。

もう一つは落下物リスクを「個人の法律上の利益」と認めるかどうかだ。これが認められれば、都市部上空の飛行ルートをめぐる住民訴訟の扉が大きく開く可能性がある。


この裁判が問うていること

「騒音がうるさい」「部品が落ちてくるかもしれない」──これは誰もが直感的に「おかしいのでは」と思える生活上の不満だ。しかし現行の行政訴訟制度では、その感覚をそのまま法廷に持ち込むことは許されていない。

行政訴訟は「違法かどうか」を審理する前に、「入口に立てるかどうか」で大半が決まる。処分性・原告適格という「入口の鍵」を持っていなければ、裁判官は中身を聞いてさえくれない。

住民22名が5年以上かけて最高裁まで持ち込んだこの裁判は、「行政の決定を誰がどうやって監視するのか」という、民主主義の根本にかかわる問いを突きつけている。

最高裁の判断を、静かに注目したい。


【参考資料】令和7年(行サ)第157号・令和7年(行ノ)第157号「上告理由及び上告受理申し立て理由書」(令和7年12月4日付、弁護士 鳥海準ほか)/国土交通省「落下物対策の強化策(報告書)」平成30年3月/第1次厚木基地訴訟上告審判決(平成5年2月25日)/小田急線連続立体交差事業認可取消訴訟上告審判決(平成17年12月7日大法廷)

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