東京湾を急旋回して羽田空港に着陸するルート(以下、「海上急旋回ルート」)での飛行が2週続けて深夜の複数の便で観測された。
この「海上急旋回ルート」の運航実績は、18年度で年間着陸回数227,631回に対して90回(0.04%)と極めて少ないのだが、今回2日間で7便実施。ひょっとして、これは固定化を回避するためのルート検討の一環なのか?
まさかそんなことはあるまいと思いつつ、何が起こったのか素人にも分かるように整理しておいた。
「海上急旋回ルート」2週続けて深夜に運用
「羽田新経路の固定化回避に係る技術的方策検討会」では現在、導入の可能性がある飛行方式として2つの方式(RNP-AR、RNP+WPガイダンス付き)の検討が進められている。
そのうちのひとつ、ロサンゼルス空港での運用実績があるというRNP-AR方式を彷彿させるような、東京湾を急旋回して羽田空港に着陸するルート(海上急旋回ルート)での飛行が2週続けて深夜の複数の便で観測された。
国交省が運営しているサイト「羽田空港飛行コース」で公開されているデータをもとに、2月22日(水)と3月1日(水)の深夜の「航跡図」を下図に示す(ピンク丸囲み部分が海上急旋回ルート)。
(2月22日(水)深夜)
(3月1日(水)深夜)
全部で7便。いずれも小型機だった(次表)。
ちなみに、「海上急旋回ルート」(VOR A USING RWY 16L)が過去3年間に運用されたのは、年度により時期的なバラツキはあるが、10~13日間(次表)。
「羽田空港飛行コース」で公開されている「過去の運用状況」データをもとに、筆者が独自集計
陸地を避けて、東京湾上で急旋回するこのような運航が可能ならば、少なくとも現在運用されている2つの都心低空飛行ルートのうちのひとつ、東側を飛行するC滑走路到着ルートを代替することができるのではないか。
この「海上急旋回ルート」の運航実績は、18年度で年間着陸回数227,631回に対して90回(0.04%)と極めて少ない(後述)のだが、今回2日間で7便実施。ひょっとして、これは固定化を回避するためのルート検討の一環なのか?
「海上急旋回ルート」とは
この「海上急旋回ルート」は、国交省が運用しているサイト「AIS JAPAN」で公開されているeAIP(電子航空路誌)に、騒音軽減のための優先ルート(Preferential Routes for Noise Abatement)として掲載されている(次図)。
(image/RJTT_AD2_21_Preferential_Routes_and_ACFT_Operating_Procedures_for_Noise_Abatement)
「VOR-A」という名称で呼ばれ、空港の北にある住宅地の航空機の騒音に対する公共の迷惑を最小限に抑えるために、航空機は最終地点への旋回中、添付の図に示すコースに沿って、またはその内側を飛行する必要がある。
[VOR A]
(via OSHIMA V ARRIVAL, AKSEL V ARRIVAL, AROSA V ARRIVAL or MESSE V ARRIVAL)
In order to minimize public annoyance for aircraft noise in the residential areas located north of the airport, aircraft should fly along or inside of the course shown in attached chart during the circling to final.
この「騒音軽減のための優先ルート」はいつでも運用できるというわけではない。次の場合に限られている。
18年度の運航実績は、年間着陸回数227,631回に対して90回(0.04%)と極めて少ない。
<VOR A進入方式による滑走路16Lへの着陸機会>
次の条件(1)及び(2)が当てはまる場合にのみVOR A進入は実施されている。
- (1) 南風運用のとき(各年の平均は、北風運用が約6割、南風運用が約4割)
- (2) 優先滑走路方式が適用される深夜早朝時間帯(23:00~06:00)かつ
- 滑走路23(D滑走路)が閉鎖されているとき
- 視程、雲高、風向風速等の気象の現況及び予報が、VOR A進入を問題なく実施できる状況のとき
なお、(1)及び(2)の条件が当てはまる場合であっても、パイロットの要求に基づき管制官が承認した場合又は管制官の判断により、滑走路22への着陸又は滑走路16Lへの視認進入が実施される場合がある。
上記の条件に加え、深夜早朝時間帯(23:00~06:00)に同空港に到着する定期便の絶対数は他の時間帯に比べて少ないことから、VOR A進入による滑走路16Lへの着陸機会は非常に少ないものになっている。
平成30年度において、同空港の着陸回数は227,631回あった。そのうちVOR A進入方式による滑走路16Lへの着陸は90回であり、総着陸回数に占める割合は約0.04%であった。
重大インシデント調査報告書(後述)説明資料P8より)
筆者が「海上急旋回ルート」と名付けたルートは、航空関係者らの間では「サークリングアプローチ」と呼ばれている。 ANAのパイロットは、「実施の機会も少ないということもあり、羽田空港では、もっとも高い技術が求められる進入方法かもしれません」と「乗りものニュース」の取材に答えている。
23滑走路が深夜に週1回程度、点検のため閉鎖になる日があります。
その日に南寄りの風が吹いていると、16L滑走路にVOR アプローチで近づいたのち、途中から周回するように進入する『サークリングアプローチ』という方法をとります。
これは「VOR-A」という名称で呼ばれています。実施の機会も少ないということもあり、羽田空港では、もっとも高い技術が求められる進入方法かもしれません
(羽田空港着陸進入 実は30パターン以上もあった! ANA操縦士に聞く職人技あれこれ | 乗りものニュース 21年5月20日)
「海上急旋回ルート」18年4月、重大インシデントが発生
じつはこの「海上急旋回ルート」では18年4月11日、重大インシデントに認定されたトラブルが発生している。
タイ国際航空のボーイング747-400型機が羽田空港の滑走路16Lへ進入中の23時52分頃、地表面への衝突を回避するための緊急操作として復行(ゴーアラウンド)を行い、その後無事、滑走路22に着陸したという事案である。機長・乗務員を含む計384名が搭乗していたが、負傷者はおらず、機体に損傷はなかった。
原因は、次のように記されている。
本重大インシデントは、同機が東京国際空港滑走路16Lへ進入中、地表面に接近したため、同機が地表面への衝突を回避するための緊急操作を行ったものと考えられる。
同機が地表面に接近したことについては、機長が水平方向の飛行経路の修正に集中し、降下経路に適切な注意を払わぬまま降下を継続したこと及び副操縦士が水平方向の飛行経路をモニターすることに集中し、降下経路が低すぎることに気が付かなかったことによるものと考えられる。
本事案については、運輸安全委員会が20年7月30日、航空重大インシデント調査報告書として、報告書(全44頁)と説明資料(全20頁)を公開している。
どのような事案だったのか。
門外漢にも分かるよう、「説明資料」から、図と文章を一部抜粋しておこう。
滑走路16Lへの着陸のために、航空機は騒音軽減飛行コース(次図青線)に沿うかその内側を飛行することが求められているが、事案発生時には、次図赤線を飛行していたと推定されている。
EGPWS(Enhanced Ground Proximity Warning System)注意報“TOO LOW TERRAIN”(高度が低すぎる) が出たため、復行(ゴーアラウンド)が行われた(次図赤線)。
事案発生時のコックピットでの様子が、「分析の要約」に記されている。
機長はダウンウィンドレグに入り、早すぎるタイミングで降下を開始したものと推定されている。
※ダウンウィンドレグとは、クロスウィンドを一定時間飛行後さらに90°左に旋回して到達する飛行コースのこと(ダウンウィンド・レグ - Wikipedia)。
ダウンウィンドレグからベースターン開始まで
ダウンウィンドレグの幅が広くなったことにより左前方に進入路指示灯が見えたことで、機長及び副操縦士は騒音軽減飛行コースの外側を飛行していることに気づき、機長は騒音軽減飛行コースの内側を飛行するために左旋回しベースターンを開始したものと考えられる。
また、機長はダウンウィンドレグに入り早すぎるタイミングで降下を開始したものと推定されるが、これは機長の計画していたダウンウィンドレグより幅が広くなってしまったことで明確な降下計画を持てないまま、見込みで着陸のための最終降下を開始したことによる可能性が考えられる。(分析の要約|説明資料P13)
機長・副機長が騒音軽減飛行コースにうまく対応できていなかった様子が描かれている。
ベースターンから復行まで
機長及び副操縦士は飛行場高500ftに達した際に同社の安定した進入に係る規定に従い、コールアウト手順を実施したが、操縦室から滑走路16Lはかなり浅い角度で見えたものと推定される。
機長は、騒音軽減飛行コースの内側を飛行すること及び滑走路16Lのファイナルレグに同機を会合させることに意識が集中し降下経路に適切な注意を払うことなく降下を継続したものと考えられる。このため同機の降下率が大きくなりすぎ、望ましい飛行経路から逸脱してしまう事態に陥ったものと考えられる。
さらに機長は、水平方向の飛行経路の修正に集中していたために、一時的に滑走路16Lの視認がおろそかになっていたと考えられる。
機長は周回進入中、全経路を通して滑走路16Lまたは着陸のために使用される進入灯を視認し続けることにより、滑走路との位置関係及び自機の飛行経路を把握していなければならなかったものと考えられる。
副操縦士は、水平方向の飛行経路をモニターすることに集中したため、降下経路が低すぎることに気が付かなかったものと考えられる。副操縦士はPMとしての役割を認識し、全ての計器をモニターして自機の飛行経路を常に正しく把握したうえで、PFである機長に対して必要な助言を行う必要があったものと考えられる。(分析の要約|説明資料P14)
まとめ
- 「羽田新経路の固定化回避に係る技術的方策検討会」では現在、導入の可能性がある飛行方式として2つの方式(RNP-AR、RNP+WPガイダンス付き)の検討が進められている。そのうちのひとつ、ロサンゼルス空港での運用実績があるというRNP-AR方式を彷彿させるような、東京湾を急旋回して羽田空港に着陸するルート(海上急旋回ルート)での飛行が2週続けて深夜の複数の便で観測された。
- 「海上急旋回ルート」は、空港の北にある住宅地の航空機の騒音に対する公共の迷惑を最小限に抑えるために、設定された深夜早朝時間帯(23:00~06:00)のルート。運用条件が限られているため、18年度の運航実績は、年間着陸回数227,631回に対して90回(0.04%)と極めて少ない。
- ANAのパイロットは、「実施の機会も少ないということもあり、羽田空港では、もっとも高い技術が求められる進入方法かもしれません」と「乗りものニュース」の取材に答えている。
- 「海上急旋回ルート」では18年4月、タイ国際航空のボーイング747-400型機によって重大インシデントが発生している。
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