現状では住宅(マンションを含む)の省エネ基準適合は義務化されていないとはいうものの、住宅ローン控除の条件に「省エネ基準」が関係してくるので、マンション選びをしている人にとっては気になるところであろう。
東京23区の新築マンション260件の省エネ性能を可視化分析してみた。
マンションの省エネの促進・規制強化の流れと資産価値
建物の省エネ化は1980年の「省エネ基準」(≒省エネ等級2)、1992年の「新省エネ基準」(≒省エネ等級3)、1999年の「次世代省エネ基準」(≒省エネ等級4)と変遷を続け、2013年以降は「一次エネルギー消費量基準」が加わった。
2020年には建築物省エネ法が改正され、非住宅では中規模建物(300m2以上2000m2未満)にも新たに適合義務が課せられるようになったが、住宅では適合義務は見送られた、というのが建物の省エネ制度に係るザックリとした流れ。
現状では住宅(マンションを含む)の省エネ基準適合は義務化されていないし、政府は今後とも住宅への省エネ基準の義務化には慎重であり続けるのかもしれない(義務化すると”既存不適格”となった中古マンションへの影響が大きいから!?)。
とはいうものの、住宅ローン控除の条件に「省エネ基準」が関係してくるので、マンション選びをしている人にとっては気になるところであろう。
省エネ基準に適合するためには、日本住宅性能表示基準における、断熱等性能等級4以上かつ一次エネルギー消費量等級4以上の性能を有する必要がある。
筆者の調査によれば、ここ2〜3年に売り出された新築マンションの省エネ基準の適合率は少なくとも4割、ひょっとして7割を超えているかもしれない(詳しくは「マン点流!(回答)省エネ基準の適合状況 | スムログ」)。
省エネ基準不適合マンションの資産価値はどうなるのか……。
※詳しくは、「マン点流!(回答)省エネ基準不適合マンションの資産価値 | スムログ」参照。
23区分譲マンションの省エネ性能
マンションの省エネ性能を評価する指標として、UA値とERRがある。
- UA値(外皮平均熱貫流率)
建物の断熱性能を評価する指標で、東京23区(地域区分6)の誘導水準は0.87W/m2K。数値が小さいほど断熱性能が高いことを意味している。 - ERR(Energy Reduction Rate、エネルギー低減率)
建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律による、一次エネルギー消費量を用いた効率指標。数値が大きいほど省エネルギー性能が高いことを意味している。
これら2つの指標に関して、最近の新築マンションの値を知りたいところだ。
じつは、都内の新築マンション限定ではあるが、東京都環境局HPに公開されている「建築主から提出された建築物環境計画等」(次図)に掲載されているデータをひも解くことで、知ることができる。
地域を「23区」、建物用途を「住宅等」として検索すると、1,423件がヒットする(22年1月25日現在)。
検索結果はCSVファイルでダウンロードできるので、さらに、建物用途を「分譲住宅」、UA値を「全住戸の最大値」(←全住戸の平均値ではない)、建築物環境計画書制度の基準年度を「2020年度(令和2年度)」としてフィルターをかけると、260件に絞り込まれた。
この260件について、横軸をUA値、縦軸をERRとして描いたのが次図。
次図では、「メジャーセブン」「非メジャーセブン」「メジャーセブンを含むJV」の3つに色分けした。
次図からは以下の特徴が読みとれる。
- メジャーセブンの大半の物件は、断熱性能、エネルギー低減率ともに高い(東京23区(地域区分6)のUA値の誘導水準0.87W/m2K以内でかつERR10%超の物件が大半)
- 非メジャーセブンの物件の中には、断熱性能、エネルギー低減率ともに低い物件が多数みられる。
※メジャーセブンとは、大手不動産会社7社(住友不動産、大京、東急不動産、東京建物、野村不動産、三井不動産レジデンシャル、三菱地所レジデンス)が提携して共同で運営しているサイトのこと。以下、これら7社を便宜的にメジャーセブンと呼ぶ。
※UA値は、各物件の全住戸の平均値ではなく、最大値であることに要留意。
この260件について、横軸を「工事完了(予定)時期」、縦軸をUA値として描いたのが次図。
23年10月以降工事が完了する物件には、UA値0.87を上回る物件は見られない。
同様に、縦軸をERRとして描いたのが次図。
工事完了(予定)時期の違いによるERRの違いは特に見られない。
23区新築分譲マンションの省エネ性能(各社比較)
260件について、「メジャーセブン(7社)」「非メジャーセブン」「メジャーセブンを含むJV」のUA値・ERRそれぞれの平均値・中央値を整理した(次表)。
これだとよく分からないので、横軸をUA値、縦軸をERRとして、メジャーセブン(7社)と非メジャーセブン、それぞれの中央値の分布を描いたのが次図。
※大京(3件)、東急(1件)、東京建物(4件)は、サンプル数が少ないので参考扱い。
次図からは以下の特徴が読みとれる。
- 住友不動産以外は、非メジャーセブンも含めて、UA値の誘導水準0.87を下回っている(住友不動産はちょうど0.87)。
- 野村>三菱>三井>住友 の順に物件設備のエネルギー消費性能が高い(野村不動産と三菱地所レジデンスはERR10%を超えているが、三菱地所レジデンスと住友不動産はERR10%を下回っている)。
まとめ
現状では住宅(マンションを含む)の省エネ基準適合は義務化されていないとはいうものの、住宅ローン控除の条件に「省エネ基準」が関係してくるので、マンション選びをしている人にとっては気になるところであろう。
マンションの省エネ性能を評価する指標として、UA値(建物の断熱性能を評価する指標)とERR(設備のエネルギー消費性能を評価する指標)がある。
東京都環境局HPに公開されている「建築主から提出された建築物環境計画等」のデータを用いて、東京23区の新築マンション260件のUA値とERRを分析した結果、以下のことが分かった。
- メジャーセブン(大手不動産7社)の大半の物件は、断熱性能、エネルギー低減率ともに高い(次図、再掲)
- 非メジャーセブンの物件の中には、断熱性能、エネルギー低減率ともに低い物件が多数みられる(次図、再掲)
- 住友不動産以外は、非メジャーセブンも含めて、UA値の誘導水準0.87を下回っている(住友不動産はちょうど0.87)(次図、再掲)
- 野村>三菱>三井>住友 の順に物件の設備のエネルギー消費性能が高い(次図、再掲)
雑感
今回の分析によって、非メジャーセブンの多くの物件において、建物の断熱性が誘導水準0.87W/m2Kを満たしていない状況にあることが確認できた。
現状では住宅(マンションを含む)の省エネ基準適合は義務化されていないが、将来義務化された場合の資産価値への影響が懸念される。
なぜならば、ERR(設備のエネルギー消費性能を評価する指標)であれば、空調・換気・照明・給湯設備など、省エネ性能の高い設備に置き換えていくことで改善可能だが、UA値(建物の断熱性能を評価する指標)のほうは断熱性能の高いサッシへの交換だけで済めばいいが、壁・床・天井面への断熱材の施工となると大規模なリフォームが必要なうえ、階高の制約もあり容易ではないからだ。
本文ではあまり触れなかったが、分析対象とした260件のUA値は、各物件の全住戸の平均値ではなく、最大値を対象としている。何が言いたいのかといえば、最大値を対象とすることによって、当該物件の全ての住戸がUA値0.87を下回っているのか否かが判断できるということ。
限られた住戸のUA値0.87をクリアできたとしても、全住戸となるとさらにハードルが上がる。窓面の多い角部屋や上下に住戸のない1階や最上階は他の住戸に比べて断熱性能を確保しようとするとコストアップにつながるからだ。
「このマンションは断熱性能UA値を満たした物件ですよ」とは宣伝できない時代がすぐそこまで来ているかもしれない……。
あと、高い断熱性能はランニングコストの削減に寄与するだけでなく、室内の快適な温熱環境を確保できる点でも資産価値への影響は無視できないのではないか。
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